応援団紹介

応援団の歴史

我が青山学院大学応援団は、昭和28年(1953年)に初代団長 石川 浩先輩等により応援有志会と称して発足しました。翌29年(1954年)に応援団ブラスバンド部も創設され、さらに翌年の昭和30年(1955年)には全日本学生応援団連盟に加盟し、初代団旗を作成しております。

以降、昭和32年(1957年)「団員心得」、昭和37年 (1962年)に第一応援歌「白亜の城」、昭和38年(1963年)「団員規律」が作成され、昭和39年(1964年)にブラスバンド部が応援団から独立 して活動するなど、この頃から本団の基礎が確立され現在に至っています。

また、昭和43年(1968年)には連盟本部校を担い、昭和61 年(1986年)においても本団が中心となって連盟35周年記念祭が開催されました。また平成3年(1991年)の40周年記念祭では本部 校を引き受け、平成12年(2000年)50周年記念祭においても執行部委員長校を担当しました。平成24年(2012年)には創団60周年を迎えようとしており、今後も本学ならびに連盟発展のため努力精進していく所存です。

団員心得・団員規律

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団員心得には「全学生の模範となるべき人間」を目指すという趣旨が込められています。
つまり本学の応援団は、単なる応援活動を行なうだけでなく、
建学の精神に沿った活動を通じて学生として自らの成長育成を図るという志が込められています。


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本団ではこの団員規律を通じて、リーダーや組織のあり方について習得していきます。
ごく基本的なことですが、団員心得の志に沿ってこれらを実践していくことで自らを成長に努めています。

 

校歌・応援歌紹介

kouka.jpg 昭和49年、青山学院創立100周年を迎えるにあたり
故 大木金次郎 前々院長が、青山学院共通の校歌を持ちたいという校友諸君の十数年の希望に応えるために、
聖書の教義を盛り込んだ自らの作詞と平岡精二氏(当時在学)の作曲によって完成した。
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原曲は米国ノートルダム大学の応援歌だったといわれる。
松本休(作詞)・高橋繁(編曲)両氏が卒業した昭和4年3月
音楽部の送別演奏会で初めて発表されたものと推測されている。

発表以来、青山学院専門部生、戦後は同大学生の愛唱歌となり、
この歌に謳い込まれた緑が丘青山の春夏秋冬、青学生の喜びと誇りが
今も昔も変わることなく謳い継がれている。
 

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団旗紹介


 
当団は新大団旗である第8旗目と旧大団旗の第9旗、大学校旗を所有している。

特に大団旗ではポールの先冠は大学校章の「楯」を採用しており、
当然ながら他に類をみないものである。

楯は「信仰のたてを取れ」(エペソ書)からきたもので、
信仰象徴を示している。

大団旗はスクールカラーの「鮮緑」で染め抜かれ、校章の「楯」は、
中央および左右の先端はとがって高峰の如く、側面の弧は豊かな頬を
思わせるふくらみを持ち、全体が均整の取れた4つの弧で囲まれており、
強くやさしい印象を見る者に与える。

団の象徴であり命とまで言われるこの団旗を守ることこそ、
本団旗手隊の使命である。




 

団員紹介

学  年
氏  名
出 身 高 校
学  部
団長
岩澤 聖也
埼玉県私立武南高等学校
経済学部 経済学科
副団長
矢島 聖也
岐阜県立岐阜北高等学校
法学部 法学科
総務部長
椎橋 愛
神奈川県私立横浜女学院高等学校
教育人間科学部 心理学科
3年団員
杉山 準
静岡県国立沼津工業高等専門学校
教育人間科学部 教育学科
2年団員
小山 達也
神奈川県私立逗子開成高等学校
経済学部 経済学科
2年団員
大橋 義史
愛知県立旭丘高等学校
教育人間科学部 心理学科
 

 

お問い合わせ

ご案内

青山学院大学応援団

青山学院大学応援団
監督名:山本 純一郎
〒150-0002
東京都渋谷区渋谷4-4-25
03(3409)4265(団室直通)

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